昭和30年度発行の泰山木第4号には、巻末に協賛企業(というよりも商店)が掲載されていて、当時は予算化が十分でなく商店からの援助によって発行できていたことがわかります。
昭和30年度(70年前)の泰山木に掲載されている協賛企業が興味深いので紹介します。
(※掲載順です)
・高砂屋書店 ・岡野栄泉 ・小髙兄弟商会 ・黒須洋品店 ・大隅自転車店 ・山口呉服店 ・マイト商会 ・臼田製麺所 ・ひまわり堂 ・大室商店 ・稲葉屋支店 ・キクヤ洋品店 ・岸時計店 ・栄屋菓子店 ・矢島時計店 ・盛和堂 ・秋元食料品店 ・増田薬局 ・廣田金物店 ・上肉店 ・黒須帽子店 ・関口ラジオ店 ・大塚屋洋品店 ・サワヤ酒店
【地域の商店に感謝】
この中の半分ほどのお店が現在も中山道や駅前で商売をされています。長く地域の生活を支えているお店です。桶川中の歴史を紐解く観点から「故きを温めて」として書いているHPですので、当時から本校を支えてくださっていた多くの方々に改めて感謝いたします。
【キャッチコピー】
この商店の広告に添えられた一言が素敵ですし、時代をよく映しているのでご紹介しておきます。
・呉服と服地と注文服 捧げる感謝 惜しまぬ奉仕 山口呉服店 (見事なキャッチコピーです!)
・たばことお菓子 駅での待合は当店で 大室商店 (主流は蒸気機関車で1時間に1本程度、直前に改札が開くまで駅前でタバコを吸いながら待っている光景が浮かびます!)
・栄養豊富な天ぷら揚げ物 秋元食料品店 衛生第一親切な店 (揚げ物は栄養豊富な料理なのです!)
・お父さんによいお酒を お酒飲むなら サワヤ商店 (お酒と言えばお父さん、そして中学校の生徒会誌の協賛に酒屋さんというのも時代を感じます!)
【電話】
協賛のページに電話番号を書いている商店があります。
例えば、「黒須洋品店 電話10番」「岡野栄泉 電話71番」「岸時計店 電話308番」などです。調べてみると昭和30年代の電話は普及率が低く特別な存在でした。多くの家庭に電話はなく主な通信手段は電報でした。ちなみに昭和30(1955)年時点で電話の普及率はわずか1%で、電話のある家は商店などに限られていて、用事があるときは電話のある家に借りに行くのが普通でした。固定電話回線を引くことは一種のステータスで、黒須洋品店は桶川町で10番目に電話を引いた家ということです。さらに言えば、市外電話は、電話交換手を介さないと通話できず、全国一律に機械接続で通話可能になるのは昭和53(1978)年以降です。